text by YUMIO愛猫・ハマーの余命宣告を受けてから、
ずっと気分が落ち込んでいた。
このまま容態が悪くなっていくのを黙って見ているぐらいなら、
『この子を殺して私も死のうか』と考えたぐらい。
アホでしょ。
そうなんです。
ワタクシ、昔から空想家といいますか、
なんでも“行き過ぎる”ところがありまして。
でも、18時間ぐらい落ち込み続けたら、
いきなり反動でアップしてきちゃった。
やめた。
馬鹿馬鹿しい。
こんな後ろ向きな発想。
ハマーとともに過ごせる残された日々を、
いかに楽しくハッピーに過ごせるか、考えよう。
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凹んでアップしたら、こんなことを思い出した。
実は17年ほど前、ワタクシは実家で飼っていた愛猫を亡くし、
とんでもない“事件”をおこしたことがあるのだ。
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その雌猫は、名前を『みいたん』と言った。
ワタクシが小学生の頃、校庭で遊んでいたら、
こちらのほうへ寄ってくる迷い猫がいた。
なぜかずっとワタクシの後ろをついてくる。
「ダメだよ、ついてきちゃ」
そう言っても、帰り道までトコトコついて来た。
そうこうするうちに家に到着したので、両親に話すと、
『もう〜、こんな大きい猫拾ってきて!』
と怒りながらも、汚れたその猫をお風呂に入れてくれた。
すると、ススけて汚かった猫が、
実は見事な美しい三毛猫であることがわかったのだ。
なぜかうちの地元では『三毛猫は縁起が良い』と言われている。
そのため、ブツブツ言っていた両親が、
「飼ってもいいよ」と認めてくれた。
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『みいたん』はすごく賢い猫だった。
ワタクシが熱を出して寝ていると、
ずっと枕元に居て心配そうに“看病”してくれた。
お腹が空いたのか、
リビングのほうへ下りていこうとする『みいたん』に向かって、
「寂しいから行かないで!」と呼びかけると、
『みいたん』は振り返って、また枕元に戻ってきてくれた。
そんな猫だった。
ワタクシが某大手生保会社OLになってすぐ、
『みいたん』は動けなくなった。
迷い猫なので確かなことはわからないが、
推定年齢12歳・・・老衰だ。
仕事の合間の休憩中に家へ電話をしたとき、
『みいたん』が亡くなったことを知った。
涙が止まらなくなった。
会社のデスクへ戻っても涙が止まらない。
ちなみに、当時のワタクシは入社一年目、
可愛い“新人ちゃん”である。
女性の先輩や、男性上司が、
泣き続けているワタクシを見て
「どうしたんだ?何があった?」と騒ぎ立てた。
あまりに大きな騒ぎになったので、
ワタクシはバツが悪くなり、ついついウソをついてしまった。
「祖母が亡くなりました」
うむ。
いま考えても、確かに気持ちはそれぐらいダウンしていた。
“そう言っておけば、この場はなんとなく収まるだろう”
と思ってそう発言したのだ。
しかし、会社の総務がそれを聞き逃さなかった。
「なにっ!お祖母様、亡くなられたのっ?」
「葬儀の会場は?お通夜の日時は?喪主はどなたに?」
「今日はもう帰りなさい」
“あれれ?なんだかオオゴトっぽい雰囲気だぞ・・・”
そこで初めて涙が止まった。
親のコネで入社していた新人のワタクシ、
会社で『祖母が亡くなった』と発言することが、
どんなことを意味するのか、さっぱり解っていなかったのだ。
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とりあえず母に連絡をした。
「なんか総務がすごいことになってる。そちらに連絡が行くかも」
同じ会社の別の支店で役職に就いていた母にそう伝えると、
「バカむすめっ!」
と罵倒された。
しかし、こうなると母の支店の関係者にも説明をしなくてはいけない。
“忌引き”して自宅に戻ったワタクシと母で、
『家族会議』を開き対策を練った。
●お父さん側の大おばあさんが亡くなった、ことにする。
●大往生の大おばあさんなので、身内だけで密葬をおこなう、ことにする。
●お通夜も葬儀も、弔問・供花・香典はご辞退申し上げる、ことにする。
この統一見解が出たところで、
うちの父が帰ってきた。
一部始終を話すと「おまえはアホか・・・」と呆れながらも、
すでに自分がこの『謀略』の一員に仕立てられていることを察知して、
腹をくくっていた。
その夜、父からワタクシが勤務していた支店の上司と、
母が勤務していた支店の支店長へ、
「弔問辞退」の電話を入れて、
結局その『祖母急逝』の一件は落着した。
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しかし、実はこれには後日談がある。
その一件が落ち着いてしばらくした頃、
ワタクシの同僚だった有志の皆様と上司から『ご仏前』を頂戴したのだ。
「わたしたちからのせめてもの気持ちよ。お祖母様のお線香代に使ってね」
やさしい先輩がそうおっしゃってくださった。
涙がちょちょぎれそうになると同時に
恥ずかしくて鼻血が出そうになった。
それを持ち帰り、
両親に伝えると、またまた大騒動である。
『お返しをしなくては!!!!!』
そこで、うちの父がホンモノの『大おばあさん』のお墓へ行って、戒名を確認。
その戒名を入れた『お返し』を、有志の皆様へ配ったのである。
あれから17年が経ちます。
そろそろ時効でしょうか。
関係者の皆様、本当にお騒がせいたしました。
以後悔い改め、あのような軽率な発言はしないよう心がけております。
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そんなことを思い出した2007年の年の瀬。
明日、大おばあさんのお墓参りに行ってきます。